2017年1月1日日曜日

"「勝負」に負けても、「芸」で勝つ"



あけましておめでとうございます。


昨年はお世話になりました。本年もどうぞ宜しくお願いします。


fbで先日今年はディベートから少し距離を置くというポストをして、このブログの扱いをどうしようかと迷ったのですが、このブログ自体は細々と続けていこうと思います。


ただこれまでのようにコミュニティ内部の人間の視点というよりは、外部の視点から、傍観者・観察者的な視点で考えたことを書くことに使おうと考えています。


いまだに読んでくださっている方はおそらくディベーターの方が多いと思うので、そこに何かしら利益のありそうな内容を書くことは極力意識しますが。


あまりディベートの知識や方法論、コミュニティ内の特定の大会やモーションに関することよりも、
マインドセットとか、社会人になってから使えそうなこととか、そういうことを発信していきます。


これは自身の考えたことや読んだ本の内容をアウトプットして頭の中を整理するという目的も当然ありますが笑








今更あえて書く必要もないですが、ディベートは勝敗が明確に出る勝負事です。


当然ディベートを練習する主要な目的の一つに、「勝負に勝つ」ということが入ってきます。


勝負に勝つことがもくてきであるが故に、勝ちへの執着が生まれ、それは時に敗者の恨みのような形でちょっとした争いごとの種になったり。


あまりにも勝敗や実績に偏重した価値観に染まったコミュニティは、閉塞感が強いコミュニティになってしまったり。


ディベート界もたまにそういう側面が顔を覗かせる場面があることをしばしば感じていました。








そんな時に大切にしていた価値観の一つに、


”「勝負」に負けても、「芸」で勝つ”


という価値観があります。


これは以前読んだ囲碁の本(『直観力』マイケル・レドモンド)という本の中にあった言葉なのですが。


囲碁において、勝敗を超えた価値観として、囲碁を「芸」だとみなす価値観があります。


「勝負には負けたが、芸では勝った。」


という言葉があるように、何か実際の勝負の勝敗を超えたところに別の価値を見出すのです。


ここでいう「芸」とは、相手に対する敬意であったり、相手の碁に感動する姿勢であったり、そういう内容のことがふれられていました。


もう少し一般化すれば、勝負に向かう姿勢とか、そういう部分に当たるのかもしれません。


ここで大切なのは、「勝負」と「芸」のバランスが大事だということ。


つまり、最後に勝つのだという気概を持つと同時に、相手に対する敬意や打ち倒すべき相手であっても感動する姿勢(たとえば、囲碁であれば相手の手、ディベートであれば相手の議論や姿勢に感動する姿勢など)を大切にしようという考え方です。






僕がディベートを始めようと思ったのは、別に全国大会で優勝しようとか、海外の大会で結果を残したいとか、「勝負」で勝ちたいと思ったからではありません。


新歓の時に先輩のディベートを見て、純粋にかっこいいと思って感動したのがきっかけです。


少しずつディベートの中身もわかるようになってきて、圧倒的な分析の深さや視野の広さを兼ね備えた”腹に食い込んでくる”ような議論を聴いて感動したり。


結局自分もそういうスピーチがちょっとでもできるようになりたくて気づいたら5年もディベートをやっていたという感じです。(いまだになかなかその境地に達せませんが。。)


なので「勝負に勝つ」ことと、「芸で勝つ」ことのどちらかを選ぶかと言われたら、間違いなく「芸で勝つ」方を選びます。


もちろん両方で勝てるのが望ましいのですが笑




ディベートでいくら勝てても、勝負の相手や、周りの人間を不快にさせていたら、それはもう「勝負に勝っても、芸では負けている」のです。


「論理で人を黙らせることは出来ても、人を動かすことは出来ない」という言葉と同じように、「強さで人を黙らせることは出来ても、それだけで感動させることは出来ない」のです。


勝負に勝つことも大事ですが、そういう気持ちを大切にして、ディベートに臨んでくれる人が増えてくれたらと、ささやかに祈っています。







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